傍観と介入

だいたいの写真技術の向上は『主観的な写真』が撮れるようになる、自分がこういう風に撮りたいという写真、撮影者が伝えたい意図がしっかり伝えられたものが撮れるようになることに向かうことが多いと思います。
そして『主観的な写真』を撮る技術というのは、もちろん簡単ではありませんが、やっていれば身についていきます。写真教室をやっているので、だんだんとできてくる様子もたくさん目の当たりにしています。
人物撮影の仕事で『自然な表情』とか『気持ちや感情が伝わる』というお褒めの言葉をいただくことがあります。それを狙っているので、本当にありがたいし、嬉しいです。また、同業者から『被写体との距離感のつめ方』がすごいという評をいただいたりしたこともあります。たしかにボクシングでいうところの打ち合いのインファイトを好むタイプなので、その性格が出ているのかなと思います。ていうか、日常のコミュニケーションもそういう感じです。
意識する、しないは別として、そういう性格を持っているのでできているというだけです。
それを言語化すると『主観的な写真』よりもさらに一歩つめた『介入する写真』という特徴になると思います。それはそれでなかなか得難い特徴で、お客様も求めてくださるので、もっともっと磨いていこうと思います。
そして、できないことの克服のためと、できることをもっと磨いていくためにも、最近は真逆のアプローチを意識して撮影するようになりました。
『客観的な写真』ではなく、『傍観的な写真』です。
ただ傍観的に撮るだけでは何も伝わらず、よくわからない散漫な写真になってしまいますので、『介入しつつ傍観する』という相反するということがどういうことなのか、その答えもわからぬままに挑戦しています。
おこがましくも言えば、プロ野球選手やプロゴルファーがシーズン中にフォームを微妙に変えるようなものなので、目に見える変化は少ないです。
しかも、きっと今まででも同じような写真は撮れていました。ただ、意識下に置いて撮る、認知ができているかどうかだけのお話かもしれません。

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